おぞましい夢ばかり見る
身も心もすり減った状態でおぞましい夢ばかり見る。
たいていの寝覚めの悪い夢は不条理や危機的状況が具に描かれているが、最近見る夢はここでは口に出すことすらおぞましい内容のものである。
ジークムント・フロイトは夢は無意識の願望表現だとか言ったらしいが、こんなこと願望であってたまるか、と言わんばかりの悪夢の連続だ。『夢判断』は科学技術と統計学の発達した現代では尽く否定されるフロイトのポエムであり、どんな悪夢を見たところでフロイトの言うことなど何も気にすることはない。しかし、おぞましい夢を見ると「フロイトの馬鹿野郎」と叫びたくなるほど、夢の在り方をフロイトに縛られる矛盾を抱えている。
フロイトの馬鹿野郎。
これを最後にさせてくれ。
夢の在り方はお前のものではない。私自身のものなのだ。
バニラアイス
小さい頃、電車に乗って、母と一緒に繁華街に出かけた。
よく連れて行かれた喫茶店があった。
お店の前にある鮮やかな食品サンプルに心を躍らせ、私は毎回バニラアイスを注文し、おいしくいただいた。
母が友人と談笑している間に食べた、飾りのあるガラスの器に盛られた、まるまるとした白いバニラアイスは極上のものだった。
数年後、繁華街の近くに住むようになった。
その後も何度か喫茶店に行ったが、小学生になるかならないかくらいの頃に連れて行かれなくなった。
社会人になったある日、里帰りを終え、繁華街に停車する夜行バスを待つ間、ふと思い出した。
あの喫茶店は元気にやっているかと。
記憶を頼りに、喫茶店を探した。確か、階段を下った地下のお店だった。
ああ、あった。
喫茶店には入口の前を食品サンプルの棚で塞いで、「しばらく休みます」の張り紙があった。
張り紙に書かれた日付からは、休む、というにはあまりにも長い年月が経っていた。
寂れた繁華街の薄暗い照明を浴びて、あのバニラアイスのサンプルが変わらずに静かに佇んでいた。
解体パン書

愛用していたチノパンを解体した。
ところどころがボロボロである為、古着屋に出すことはせず、掃除や園芸の補助として役割を全うしてもらうことにした。
そのまま雑に切ってしまっても良いのだが、興味本位で糸をちまちまと切り、縫合をする前の姿にすることにした。
裁縫は苦手である。
手縫いでは波縫いをしていく最中に糸が絡まり、ミシンは下糸がセットできない。度重なる失敗による不安がミシンに顕れ、寄せては返す返し縫いで、軟弱な基礎と強靭な仕上がりを併せ持つ何かが生まれる。家庭科で作ったナップザックは宿泊訓練の最中に崩れた。
人生で最後に裁縫をせざるを得なかったのは、部活動で先輩に渡すお守りを作った時である。手縫いで。2つも。何とかして作ったそれらが先輩の鞄で揺れるたび、何事も起こりませんようにと祈ったものだ。(余談であるが、どうやらこの文化は全国的かつ伝統的なものらしい。あれから20年弱経った今でもなお部活動に励む中高生が手作りのお守りを鞄につけているのを見かける)
意味もなく丁寧に解体されたチノパンの、糸の多さと色落ちの凄まじさに圧倒されながら、間もなく次の役割を決めていく。
ある部分はキッチンの油汚れを拭きとった。
ある部分は余分なシュークリームを取り除き、鈍く光る革靴に仕上げた。
ある部分はローズマリーの根を包んだ。
ずっと履いていた。時間をかけてばらした。過ごす時間をかけるほど愛着が沸く。まだ、手元には切れ端がたくさんある。
ひと昔前なら、私が裁縫が上手であればこのチノパンをまた新たな衣服にすることもできただろうな、と裁縫の不得手さを嘆いていたと思う。年を経て得手不得手が明確になると、なにも生み出すことばかりが是ではないと、少しずつ自分の不器用さを受け入れることができて、楽になっている。
教科書通りに実践しても、YouTubeを見ても、どれだけ見てくれは良くとも、ふとした弾みでちぎれてはあふれる。生まれて死ぬまで裁縫とはフルヘッヘンドなもの。そうであっても、別に、生きていける。
GEV600に折りたたみコンテナを取り付けた
免責事項:本記事ではバイクに折りたたみコンテナを取り付ける手順を掲載しています。本記事を参考に同手順を実施する場合、自己責任による実施をお願い致します。
GEV600を購入した
バイクはシート部分が収納になっていることも多いが、電動バイクであるGEV600はシート部分にバッテリーが搭載されている。その為、何かしら収納が欲しい場合は純正アクセサリーか推奨アクセサリーを利用することになるのだが、自分の好みのものがなかったため、リアキャリアにヘルメットが入るサイズのコンテナを取り付けようと考えた。
GEV600のリアキャリアは少し特殊で、日本仕様の独特の穴の開け方になっている。
(13:02 リアキャリアの説明)
この部分はリアキャリアのフレームと接合されており、取り外しは不可能。
また、リアキャリアのフレームにはナンバープレート、ブレーキランプ、ウインカーランプが取り付けられているため、別のリアキャリアを取り付けることは非推奨と思われる。
部品選定
※部品選定や取り付け方法についてはこのブログの記事を参考にしました。
※価格は全て10%消費税込み
■コンテナ、部品

・コンテナ
価格:¥2,480
今回の主役。上述のとおり、ヘルメットが入るサイズを想定していたので、ヘルメットが入っていた箱のサイズを参考に、20Lを選択。
・ネジ
商品名:八幡ねじ ステンレス トラス小ねじ M6×40mm P1.0
JAN:4979874465047
価格:¥162
コンテナをリアキャリアに取り付ける大黒柱。付属しているナットもリアキャリアの裏側に取り付ける。
・ワッシャー
商品名:八幡ねじ ステンレス丸ワッシャー 6×25×2mm
JAN:4979874468697
価格:¥162
コンテナのひび割れ防止に使用。
・ステー
商品名:接合金物F BK(6穴)
JAN:4522831017669(廃盤?同仕様の商品は4960983165737)
価格:¥272
リアキャリアの裏側からネジを固定する為に使用。
・ゴムシート
商品名:和気産業 ゴムシート GS-08 縦300mm×横300mm×厚さ1mm
JAN:4903757380080
価格:¥437
コンテナとリアキャリアの間のすべり止めの為に使用。
費用はコンテナ¥2,480+各種部品¥1,033=¥3,513 で決着。予想以上に安く準備できた。
■工具など
・はさみ、カッター
・穴あけ器具(キリ、テーパーリーマー)
キリはドライバーセットに付属していたもので、穴あけの初期に使用。テーパーリーマーはキリで開けた穴を広げる為に使用。無知ゆえに、テーパーリーマーという工具をこの度知った。
・ドライバー、レンチ
・テープ類(マスキングテープ、養生テープ)
部品の仮置き・仮止めに使用。
・マーカー
部品のアタリを付ける為使用。部品が黒っぽい場合は不透明インクのマーカー(ポスカ等)を使うとわかりやすい。
・やすり、スクレーパー
開けた穴の周辺を整える為に使用。
取付方法
1.仮置き
a.コンテナの方向
コンテナは平行でも置けるが、コンテナの陰にナンバープレートが隠れるため、バイクと垂直になるように設置。

b.ネジの位置
コンテナの底面が網目状になっている為好きな場所にネジが打てず、且つリアキャリアの穴あきとの兼ね合いもあり、多いに悩む。
悩みに悩んだ末、真ん中の縦線部分にネジを2本取り付けることにした。

リアキャリアをバイク本体から外して作業をするのが効率的だと思われるが、上述のGEV600のリアキャリアの仕様上、「取り外しができても取り付けができない」場合のリスクが極めて高い為、今回はリアキャリアを取り付けたままで作業する。
2.部品の穴あけ
a.コンテナ
コンテナの穴の位置は1.bで決めた位置とステーの穴の位置を調整して決定。2つの穴を同時に開けるよりも、一方の穴を開けてネジが通ることを確認した後、もう片方を決めるとずれがない。
本来なら電動ドリルを使いたかったがレンタル中だった為、キリとテーパーリーマーの合わせ技で突破。



b.ゴムシート
1. リアキャリアのサイズに合わせて15cm×22cmに切る
2. 15cm部分のセンターのアタリを書く
3. ネジを差し込んだコンテナの裏面にゴムシートを並べ、ネジの上下位置のアタリを書く
4. 2~3のアタリを参考に、ステーをテンプレート代わりにして穴を開ける位置をマークする

5. ゴムシートに穴を開ける。コンテナと同様の穴の開け方は難しいので、カッターで四角に切ってゴムシートにネジを押し込むとうまくいく。

3. 取り付け
コンテナをリアキャリアに置き、リアキャリアの裏側からステーを挟み、さらにナットを閉めたたら完了。

作業や取り付け中における注意点
・リアキャリアの下部にはブレーキランプとウインカーランプを点灯させるためのケーブルと、それをリアキャリアに固定する結束バンドがある。コンテナを取り付ける際や走行中にケーブルを傷つけないよう注意したい。
・コンテナの部品の取り付け位置によっては結束バンドが干渉してステーとリアキャリアに隙間ができてしまい、しっかり固定できない。部品の取り付け全般に言えることではあるが、定期的なメンテナンスが必要になる。
乗ってみた感想
コンテナをたたんでいる時
平地でもめちゃくちゃガタガタ音がする。コンテナの折りたたみ機構が干渉し合っているからだろう。コンテナは基本的に広げたままにするか、結束ベルトで両脇を固定すると解決すると思いたい。
コンテナを広げている時
側面(商品ロゴのない部分)を内側からカチッと鳴るまで広げれば、走行途中で不意に折りたたまれたりコンテナまわりで気になる音は出ない。コンテナの中をしっかり詰め込むか緩衝材を入れると中身も暴れることなく安定する。

雨の日
水抜きがないため、コンテナの中に雨水がたまりやすい。将来的にネジの場所やコンテナの配置を変えることを考慮すると、取り付けに支障がない部分に水抜き用の穴を開けるか、あるいは自転車のかご用カバーを取り付ける等で対策する必要がある。
だいたい自分のせいで生きづらい
30代にもなるとキャリアについて考えることが多々あり、年齢と経験相応のポジションにつけていない焦燥感が強いものの、今のポジションよりも上のことをやれば上手く立ち回れないことは容易に想像できる。何とかやれてはいるのだが、果たしてこれでいいのか。
実年齢より幼い思考力と行動力がひたすらもどかしい。
仕事では生きづらさを感じる原因である先天的な特性を詰られたことは少なく、幸いにも相互理解のある方々と仕事を進められているが、いつも助けられてばかりで自分は何もできない、何も成長できないという無力感が強い。それでも上手くやろうとして空回りすることも多い。
何とか生きられるのは、赤の他人も含めて社会で大きな歯車を噛み合わせているからだと言い聞かせている。
好きなものは何もかも終わりを迎えて、今後の人生は消化試合だと思っているのだけど、いつかこの投稿を振り返って「何考えてたんだろうな」と笑うことができたらいい、とも思う。
こういうメンタルが続いているので、オンラインサロンの類に騙されそうで不安である。ベストを尽そうとすると消耗するし判断力も鈍るから、ベターの選択を続けてなるべく生きやすくしなければならない。
もう少し器用に生きられたらいいのだけど。
意外と孤独に弱いコミュ障
コロナ渦で勤務形態が在宅勤務メインになり1年。
在宅勤務は新型コロナウイルスの感染拡大防止策として注目され、また移動に時間がかからず、電車通勤者には混雑を回避できるメリットもある。
だが、非常に孤独なのだ。
一人が好きだったはずなのに、今は知っている人でも知らない人でも話したい気分である。
普通に仕事をこなす分には在宅勤務で問題ないが、どうしても対面でやりたい時もある。
だからといって「コロナ渦が終われば100%物理出社にしたい」というわけでもなく、出社と在宅のどちらかを柔軟に選べる働き方のほうが好ましい。チームで動くなら出社、一人でもくもくと業務を遂行するなら在宅と、フレキシブルに動きたい。
この孤独は自室の閉塞感にも由来していると考えており、どうにか外出するきっかけを模索しているが、やはり感染拡大防止の観点から無暗な外出も控えたい。よく行く公共施設も軒並み閉まっているか、ワクチン接種会場になった。孤独は加速する。
ここ1ヵ月は慣れない仕事も組み合わさり、ストレスで食欲は激減し、度々嘔吐し、暇があれば泣いている。あまりの体調の悪さにゴミ出しすらできない日もある。そしてベルセルクは未完になった。
なんだこれ。つらい。けど何とか乗り越える。
赤木リツコは何者になるのか
※この記事は『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』のネタバレを含みます。
『エヴァンゲリオン』シリーズに限らず、子どもが戦いに巻き込まれる物語はその落とし前として大人達が命を落とすことが多い。その死は子どもが大人になる為の成長痛でもある。
『:||』でも多くの大人達が命を落とす。
しかし、あらゆる因果を覆し、未来を託された大人がいる。赤木リツコである。
不潔な科学者にさようなら
TVシリーズや旧劇場版の彼女は、あらゆる確執にまみれた女であった。
スーパーコンピューター・MAGIの開発者であった母・赤木ナオコへのささやかな反抗心から髪を金に染め、科学者として使徒殲滅に努める傍ら、碇ゲンドウの愛人として彼に尽くした。
旧劇場版ではゲンドウの目論む人類補完計画の阻止の為、MAGIの自爆プログラムを発動させようとするが、カスパー―女としての赤木ナオコ―に裏切られ、ゲンドウに射殺される。
冷静で合理的な判断が冴える彼女だったが、その裏では人間臭い確執を抱えていた。彼女の部下の伊吹マヤの言葉を借りれば「不潔」だった。「大人の落とし前」として加持やミサトが本懐を遂げても、彼女はどこか煮え切らない最期を迎えていた。
だが、新劇場版においては母やゲンドウとの確執は見られず、『Q』ではヴンダーの副艦長としてミサトを支える。あまつさえ『:||』ではヴンダーに降りたったゲンドウを一目見るなりヘッドショットをお見舞いした。旧劇場版を観ている人こそこの行動力の変化に驚いたはずである。
人類補完計画を阻止する為、ゲンドウを殺す。彼女の意思こそ旧劇場版と変わらないものの、愛憎入り混じりながら母娘で心中するのではなく、人類の為に自分一人の手で迷いなく葬る。それが彼女の大きな変化であった。
女は旧劇に置いてきた
「頭髪には神も穢れも煩悩も宿っている。まさにカオスなヒトの心の象徴よん」
旧来セミロングであった彼女が、『Q』では一転してベリーショートになった。このことは、リツコ役の山口由里子さんに「女を捨てた」と表現されている。
私は、女としての赤木リツコは旧劇場版、つまり前のループに置いてきたのではないのかと考えている。前述の通り、新劇場版を通してゲンドウとの確執は感じられない為、『Q』時点で捨てたのではなく、旧劇場版に置いてきた。
髪を切ったことも、女を捨てたのではなく決意の顕れではないのかとも思われる。「髪は女の命」と言われるように、髪を切ることは心情の変化とつながっている。近年のアニメーション映画でも『君の名は。』『この世界の片隅に』のように女性キャラクターが髪を切るシーンが存在するが、いずれも「女を捨てた」とは言い難い。リツコが『Q』時点で髪とともに捨てていたのは、マリの台詞を借りれば、「神」であり「穢れ」であり「煩悩」だったのではないのか。
そして母になる
『:||』ではリツコは生還した。加持、そしてミサト、二人の親友を見送った彼女の心情は計り知れない。
脱出艇に乗る前、リツコはミサトから新たな役割が与えられた。
「母」である。
旧劇場版も含めて今までの彼女は「女」であり「科学者」であったが、「母」たりえなかった。「大人の落とし前」として「母」になることを拒んだミサトの遺志を継いで、リツコはリョウジの「母」になる。
「生き残るのが俺達の仕事だ」
脱出艇に乗り込むも、ミサトを助けようとヴンダーに戻ろうとする操舵手のスミレを止める高雄。死ぬことが必然とも言えた「大人の落とし前」を、リツコらヴンダーのクルーは生き残ることで果たしたのだ。
エヴァのない世界でも彼女は「科学者」として多忙であると想像できる。使徒殲滅や人類補完計画阻止の為に注ぎ込んだ知識のリソースを、次は希望のコンティニューの為に注ぐはずだ。
「女」は置いてきた。「科学者」として生き続け、「母」として新しい人生が始まる。
生還おめでとう、リッちゃん。あなたがいる未来は、きっと明るい。