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三桃シ倒語の日記

お前の枠にはまってたまるか

本に興味がなくなっちゃった?

そういえば最近本を読んでいない。

 

いや、読んでいないと言うよりも、「書店で平積みにされている話題の本を読んでいない」だけかもしれない。

 

雑誌の類はまあまあ読む。最近だとサンキュ!、クーリエ・ジャポン、ターザンなど。情報の鮮度が長く保たれる事はないが、その代わりか内容は頭に入りやすい。

会社勤めになったし、そろそろ勤務期間に関わらず「新人」であることは卒業して手際よく仕事をこなしたいものだ。その為に読むとしたらビジネス系の書籍なのだと思うのだが、どうも手に取る気になれない。

 

「◯◯なら△△せよ」というタイトル、あるいはそんなコピーの帯が巻かれた本はそれだけで食わず嫌いをしてしまう。

やたら暑苦しく仕事を語る本も古臭いし、自己啓発本も何だか胡散臭いし……。「××すれば必ず出世する」?自分のルールぐらい自分で決めるし……。

 

結局手に取るのは技術者向けのリファレンスブックだったり、料理本だったりする。

いざ何か養分となる書籍を探そうとしても、書籍が溢れている上にどれにも深く興味が持てず、最終的に実践しやすい上記のような無難なチョイスになってしまう。

 

以前は新書を購入しては読み込み、購入しては読み込み、の繰り返しだったのだが、何故だろうか。本など読まずに自己研磨だけで成長できるとかそういう高見があるわけでもなし、寧ろ吸収できるうちに吸収したいのだが、どうも本に興味を持てない。

 

こんな調子でも読める本はあるだろうか。

自分でアイスコーヒーを淹れるということ

夏が近い。

 

今時、コーヒーを飲む事に苦労はしない。そこらの自動販売機、喫茶店、最近ではコンビニに行けばホットでもアイスでも淹れたてを飲める。

 

しかしカフェイン中毒気味の私にはドトールのSサイズすら辛い事もある。そして喫茶店はどこもかしこも人が多く、座る事もままならない。特にこれからは喫茶店で喉を潤わせ涼む人達も増えるだろう。

 

こうなったら、自宅で自分の体に合った量のアイスコーヒーを淹れるしかない。

ただ、自分で豆をチョイスして自家焙煎というほど凝ったものではなく、ブレンド豆をミルで挽いて香りを楽しみ、ドリッパーに注ぐだけ。手軽さはないが本格的でもない。ちょいと初期投資をすれば、わざわざオシャレなカフェでmacbookなんか持ち込まなくとも意識高い系を演じられる、もとい、自宅がカフェになる。

 

私が使っているドリッパーなどは、アシストオンという原宿にあるセレクトショップで揃えたものである。

これがなかなかシンプルでオシャレ。7000円ほどで一式揃えられる。

 

ミルも同じくアシストオンで購入。「ミル買わずに挽いてあるやつ買えばいいじゃねーか」と突っ込まれそうだが、塩胡椒もミルで挽いて削りたての香りを楽しむ人間なのである。

 

さて、アイスコーヒーを淹れる。

熱湯で抽出して冷やすという過程はホットと比べて手間がかかるので、喫茶店でもアイスはホットよりも値段が高い事が多い。その理由もわかるぐらい、どうすれば美味しく淹れられるのか(と言うよりも、ほどよく冷たくできるか)迷いに迷った。

 

サーバーを氷水で冷やすのがいいらしいが、熱湯を注いだ直後だと急激な温度変化に弱いガラスが変形・破損する恐れがある。

そこで、カップに氷を多めに入れる方法にした。サーバーからカップへコーヒーを注いで、氷がほとんど溶けるようなら足りず、逆にそこそこ残るようであれば十分だ。

ちなみにカップはステンレス製のものである。大学時代、自宅の近くにコメダがありよくモーニングセットを食したのだが、コメダのアイスコーヒーに使われているステンレス製と思しき銀色に光るカップが良く冷えていて印象深い。

 

そこそこの手間暇をかけて淹れたコーヒーはなかなか美味しい。ナントカコーヒーに行かなくとも、コーヒーは、飲める。

 

We are 井の中の蛙

地元のとある大病院に行った時、職場の先輩がこう言った。

 

「ここの地域の人って、この病院で産まれて、この病院で死ぬんだね」

 

そんなものなのか、と産声と聞こえぬ悲鳴の交わる空間で思った。

 

確かに、自分の知る限りではこの土地から殆ど離れずに現在まで生きている人なんてごまんといるのだ。人生のスタートとゴールがあの大病院でも何の不思議もない。

しかし、その方言訛りの強い先輩の発言により、産まれてから死ぬまでを同じ土地で過ごす事の安心感と危機感との両方を抱いてしまった。

 

自分の場合、生まれた土地、高校まで過ごした土地、大学時代の土地、そして現在の土地といくつか大きく異なる土地を過ごしてきた。全て日本国内なのであるが、各々の地域だけの特色や慣習(そして時として意地の悪い暗黙の了解)に驚く事もあり、疑問に思う事もあった。

 

関東に移って思ったのは、ここにいる人もまた産まれてから死ぬまで同じ土地で過ごす可能性が高いという事である。それほど文化や労働に満ち満ちている事の証拠なのだろう。

率直に言うと、関東人は田舎出身の私を馬鹿にしたような親切心で接してくることがたまにある。「ほらJRの改札はあそこだ、乗り換えはこうだ」「エスカレーターは左に並べ」と。私は旅行をする際予め調べておく性格であるし、人に聞く前にググるので聞いてもいないのに「お前田舎者だから知らないだろう。教えてやるよ」という態度は気に入らない。

 

それと同時に、田舎の事を何も知らない都会人を私は馬鹿にしている。

都会人の田舎のイメージは時に極端であり「学校にバキュームカーが来る」「コンビニに行くまで2時間かかる」なんて言われる事は多々ある。まぁいくつかは確かに自分の田舎に当てはまるのだが、「田舎には都会にあるような便利なものはない」と言わんばかりの思い込みをする都会人には冷笑せざるを得ない。

 

そうだった。皆井の中の蛙なのだ。ゲロゲロと、自分の周囲のことが自分の全てであり、世界の全てだと勝手に誇っているのだ。

 

私の世界も、まだ狭い。

 

不安定という安定

去年の1月にこのブログとTwitterを始めた。

それと同時に病み上がりからの所謂「社会復帰」をしたのだが、私のような若造よりも遥かに人生経験と勤務年数が多いはずの人達の、あまりにも非建設的な人事マネジメントに大いに失望した(このことはうんざりするほど書いたしもう二度と書かないつもりだったが、今でも思い出しては舌打ちするほど不快な出来事だったので吐き出したい)。

 

仕事の契約期間が終わり、しばらく採用試験等の勉強に専念しようとしていたところ、かの採用の説明会でプログラムの参加を決意し、交通費を稼ぐ為に短期バイトを始めた。

おそらく人生で一番がむしゃらになった時期だった。(当時からすれば)得体の知れない就活サービスに参加し、田舎で食べていけるほどの求人はいくらでもあったのにも関わらず、あえて関東に足繁く通った。

 

そしてとある会社の社長からありがたいお言葉をいただき、現在は新天地で働いている。

 

去年の今頃、やたら生きる意味を探していたが、結局そんなものに意味を追求する事自体に無理があると自分の中で結論が出た。少しだけほっとした。

そして、今、確かに生きている。起床し、電車に乗り、働いて、帰宅して、寝る。

 

しかし、これが安定だとは思わない。村上春樹の『ノルウェイの森』よろしく、死が生の一部として存在しているように、不安定が安定の一部として存在しているように思える。

断薬を始めてから、副作用と思われる吐き気や希死念慮から解放された。しかしどこかに不安定な要素を持っていることに、安定を覚える自分がいる。

 

状況に溺れず、当たり前のことがいつまでも続く錯覚を忘れる。強くなれなくてもいいから、ひとまず他人の目を気にせずに、たくましく生きるしかないのだ。

遠出を繰り返すと荷物が徐々に減る

旅行で役に立つものを書いておく。

 

・モバイルバッテリー
電源確保できる場所やカフェを探すのは面白い。しかし、LINEのようなアプリで頻繁に携帯端末を見て電池の消耗も激しいので、モバイルバッテリーは個人的には必須アイテムなのである。

 

・耳栓
夜行バス、新幹線、ネットカフェで使用。特にネットカフェは昼夜問わずBGMが流れていたり遊具の音が聞こえるので重宝する。

 

アイマス
強い光は睡眠にも影響するのでアイマスクでシャットアウト。こちらも夜行バス、新幹線、ネットカフェで使用。

 

・バスタオル
ゲストハウスやネットカフェではシャワー利用にタオルが含まれていないことも多い。大体100〜200円で借りられるが、小さめのバスタオルでも良いので持っていくとちょこっとした出費を抑える事ができる。

 

・ボディタオル
お風呂で体をゴシゴシ拭くアレ。これの有る無しで肌のコンディションが変わると言うのはちょっと言い過ぎかもしれないが、1日の汗や汚れを落とすのにはもってこい。

 

・ウェットティッシュ
どうしてもシャワーを浴びる事が出来ない場合は一時しのぎではあるけどウェットティッシュを使う。化粧落としにも使える。

 

・折りたたみハンガー
ありふれた三角形のハンガーだとキャリーケースに入らない事もあるので、ちっちゃくまとまる折りたたみハンガーでスーツの形を崩さないようにする。しかし最近は全くスーツを着ていない。就職活動をしているはずなのに……。

 

かっぺの戯れ言

東京の百貨店でメダカが売られているのが田舎の人間には滑稽であったのだが、こちらの道の駅でもメダカやザリガニが売られており、誰の所有かもわからない小川で生き物を採取するのにも色々問題があるのか、それとも自らが生き物を採取することそのものに抵抗感があるのか、まあ一昔前とは事情が異なるのだろう。

 

田舎は良い。原付でいくらか走れば美しい風景に巡り会える。しかし、私には田舎の方が息苦しい。

最近、色んな境遇の人間と関わるようになって気がついたのは、私は本質的には人間が嫌いではあるものの、ウマが合えば何とかやっていけるかもしれない、助け合って生きていけるかもしれないという無意識の願望を抱いていたことだ。

田舎だとウマの合う人間に会うのも一苦労だし、運が悪ければ偏った古い価値観の人間達と長く関係を保つ羽目になるから少々面倒だ。コミュニティの出入りが自在に出来、村八分に合っても雑踏の中に紛れ込んでいける(はずの)都会の方があっている。思い込みに過ぎないかもしれない。田舎で上手くやってこれなかった人間が都会で何ができるのかは未知数である。

 

また、東京に向かう。

最近読んだ本 2014年7月

 最近読んだ本を羅列してみる。

 

「いいね!」が社会を破壊する (新潮新書)

「いいね!」が社会を破壊する (新潮新書)

 

 率直に書くと「いいね!」に触れているのはごく一部の箇所なので、ソーシャルネットワークの機能についての書籍だと思って読むと肩透かしを食らうかもしれない。目次や本文を読めば、この書籍は社会科学に分類されると素人ながらに思うのだが、借りた図書館では技術・工学に分類されていた。

 

 

ドット絵講座

ドット絵講座

 

可愛らしくデフォルメされたドット絵を描くのに最適だと思う。

10年前に発行されたので情報は古いものもあるけど、ドット絵そのものは現在でも十分通用する。

 

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

 

 図書館実習時代に出会った本。頭の固い人に読んでもらいたい。

著者の考え方にはかなり共感できるけど、ニートじゃなくてしっかり働きたいなぁ、と思った。

 

「走る」ための食べ方: マラソン快走のための実践栄養学

「走る」ための食べ方: マラソン快走のための実践栄養学

 

 マラソンランナーの食事の摂り方について書かれた書籍。TPOに応じた献立が提案されており、ランナーでなくとも参考になる部分は多い。